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24週~出産まで(7ヶ月目以降)

5月11日(26W5D)

週一で母親学級が始まった。栄養学、呼吸法、お産の心得などなど。
お産の流れのビデオを見て感動してみんなで泣いた。
1回2時間の授業、腹の大きくなった妊婦には座っているのも辛い、みんな頻尿で授業中何度も席に立つ(笑)
そして貧血のため、気分を悪くしその場で倒れてしまうママさんもいた。
こんな参加するのが辛くなる前に授業やればいいのに・・・。
あんまり早すぎると大事な事忘れちゃうからかしら??

5月28日(29W1D)

名前が決定!名前を考えるにあたって私達は「響き」から名づけ、その次に「漢字」を考え最後に「画数」で運勢を確認。つけたかった名前が画数が良くなくボツになった名前は数え切れないほどありました。
大変だったぁ~!!
ちなみに「妃夏乃」にたどり着く間に候補にあがっていた名前は「らら」「ここあ」「こなつ」「ののは」「はのん」などがありました。

6月6日(30W3D) シロッカー手術当日

11:30いつものように3日に一度の検診へ。
今日の検診の結果、子宮口が開いてきてしまっているとの事で急遽、頚管縛縮手術を受けることになった。
毎回いつ入院になってもおかしくないとの事で検診には入院グッズを持ち歩いていました。
そんな訳で即入院、午後から手術となりました。
4:00真っ裸にされ手術台へ横たわり、心電図を測り、背中から部分麻酔をし、いざ手術。
本来この週数での手術は危険があるらしいが、どうやら腕のいい先生のようで、手術を受ける事ができた。
本には縛る手術はそんなに痛くないと書いてあったが、私はあまりの激痛で泣き叫び、看護婦達に押さえつけながらの手術となった。途中あまりの痛さに血圧低下し、意識がなくなってしまった。
手術自体はものの10分程度だったと思う。先生は手術しながら旅行へ行った話しを楽しそうにしてきた。
私はそれどころじゃないんだよ!!
手術中は足の指先が曲げることができたが、手術終了後に足の指の感覚がなくなり自力では動かせなかった事から私の場合麻酔の効くのが遅かったのだと思う・・・。

手術終了後はタンカに乗せられ病室へ。個室も空いていたが、長期入院となると入院費がかさむので4人部屋に入る事にした。
夜中に麻酔が切れはじめ、痛くて寝れないまま朝を迎える。


6月7日(30W4D) 入院生活2日目

6:00起床 心音モニター測定
術後出血はあるものの、母子共に良好


6月8日(30W5D) 入院生活3日目

尿道カテーテルなのか術後の痛みなのか寝返りをうつ度に激痛が走る。
朝・晩と心音モニター測定 ひなちゃん元気に動いている!

6月9日(30W6D) 入院生活4日目

尿道カテーテルが抜かれて今日からトイレのみ歩行が許されるようになる。
第一歩歩行は看護婦さんに付き添われながら廊下を歩いてみる。
たった4日で筋肉は落ちるものですね。ヨタヨタしてしまった。

6月12日(31W2D)入院生活7日目

脚のひきつけが激しく一睡もできなかった。
貧血検査を受けた結果、重度の貧血と診断される。
この日から毎日造血剤の点滴と飲み薬が処方される。
貧血の薬の副作用で吐いてしまう。
隣のベッドのママさんが、夜中こっそり泣いていた。
流産の危険があって長いこと入院らしい。
夜はすごく不安になる気持ち、痛いほど分かる。

6月13日(31W3D)入院生活8日目

今日は8日ぶりのシャワー。久しぶりすぎて湯疲れした。
でもおかげで入院生活から初めてぐっすり眠ることができた。

6月16日(31W6D)入院生活11日目

大阪からパパさんがお見舞いに来てくれる。

6月20日(32W3D)入院生活15日目

ようやく退院!!といっても出産まで自宅では絶対安静だし、これからは出産まで3日置きに通院なのだが。

7月8日(35W0D)

院長先生から「この日までは絶対産んではダメ!!」と言われていた日まで何とかもった。
この日より前に産まれてしまうと他県の大学病院へ搬送されてしまうとの事だった。
これでもし産まれてしまっても通っている病院で出産ができる。



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ひなっこ


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